06/08/12 北海道ツーリング1日目

8/12(土)晴れ
羽田空港・・・とかち帯広空港-幸福駅-中札内-更別-忠類-大樹-広尾
 例年どおり、夏休みの北海道自転車旅行の計画をたてたのは5月。5月末には、飛行機・宿の手配はほとんど終わっていた。
 ところが6月上旬に茅沼氏が鎖骨を骨折し、手術で骨はプレート固定されたものの、骨の再生までには至らず「ほんとうに北海道を自転車で回れるのか?」ぎりぎりまで疑問だった。けれども、なんとか無事に決行することができた。
 というわけで、骨折中の茅沼氏は「できるだけ肩を動かさない」ように(旅が進むにつれて忘れられていたような気もするけど)、重い自転車を極力運ばないですむよう、羽田空港までは藤沢駅から直通バスを使うことにした。バスは時間が一定しないため、かなり早めのバスに乗ったため、8時5分離陸の飛行機にもかかわらず、6時半過ぎには空港には到着した。
 お盆時期でただでさえ混んでいる上、数日前にロンドンの空港でテロ未遂事件があった関係上、空港では手荷物検査の強化がされており、手荷物検査機の前は長蛇の列。早めに来て正解だった。飛行機は「離陸待ち」で20分遅れで飛び立った。これは、混雑期のいつものことである。
 まずは飛行機で一気に帯広へ。朝の天気予報では、北海道の天気はイマイチ。札幌は雨、帯広は曇で霧が出ているとのことだった。ところが、とかち帯広空港を出ると青空が広がっていた。風がでてきて、雲を吹き払ったようだ。結局この日は一日、とてもよい天気となった。BD-1をセッティングし、水を買って、10時半過ぎに空港を出発。今日の予定は、広尾まで約80キロだ。

空港
 空港から閉園したグリュック王国を横目に見ながら幸福駅へ。幸福駅のあった広尾線が廃止されたのは20年前だが、「愛国駅」「幸福駅」は保存されていて、観光地となっている。道路標識にも「幸福駅」という表示があって、不思議な感じがする。
 廃止当初、とある俳優が「愛国駅・幸福駅間だけでも列車を走らせたい」といっていたが、さすがにそれは実現しなかった。(鉄道とは、人をある地点からある地点へ運ぶものであるべきだと思っているので、私はそんな走らせ方には反対だった)それでも、駅がきちんとした形で残っているのは嬉しい。
 幸福駅(跡)には、観光バスが止まれる広い駐車場もあり、たくさんの人が訪れていた。多分、現役だった頃よりにぎわっているだろう。観光地の少ない十勝地方では、手ごろな場所なのだと思われる。幸福駅舎には隙間もないほど名刺が貼られていたが、私たちも名刺をおいてきた。


幸福駅

名刺
 札内川と広尾線跡に並行し、十勝平野の穀倉地帯を横断するて通っている国道236号(広尾国道)を南下する。だいこん、じゃがいも、豆類、小麦が主な作物のようだ。広尾線跡は、大きな駅があった近辺は道の駅になっているので、食べ物や飲み物の心配が不要で、そういう意味では安心である。
 帯広市から中札内村に入り、元大正を抜けると中札内の市街地に入る。国道の東側にある中札内駅跡は公園になっていて、貨車が置かれ、子どもが二人遊びに来ていた。さらに先に進み市街地を抜けたところにとても立派な「道の駅なかさつない」があり、ここで昼食。手打ちそばは美味だった。道の駅の向かいには大きなスーパーやドラッグストアがあり、周辺の人はみな、ここで買い物をするようだ。


中札内駅跡

道の駅なかさつない
 国道はここから大きな90度カーブを描いて南東に進路を変え更別村へ向かう。中札内村から更別村にかけては、国道をはずれ一部ダートの農道を走る。


ダート
 交差点の一角に更別駅跡の石碑がたてられていた。国道に戻ると「どんぐり公園」という整備された公園があり、わきにはこれまた立派なサイクリングロードが作られていた。サイクリングロードは短くやがて途切れたが、その先は広尾線跡で、一部の路床が舗装され、サイクリングロードとなっていた。


更別駅跡

CR

線路跡

 次の上更別駅跡にも石碑がたてられており、旧駅前は分譲地となっていた。400万円程度で家一軒が充分に建つ宅地が整備されていたが、売れている様子はなかった。
 ここから国道と数キロ離れて平行に走っている道道238号更別幕別線沿いの道の駅「さらべつ」に寄り道する。帯広空港からまっすぐ襟裳岬方面へ行くには、こちらの道路を利用するようで、だから道の駅もこの場所なのだろう。十勝インターナショナルスピードウェイが隣接しているので、レース関連のグッズも販売していた。この道道を5kmほど進むと国道236号に戻ることができる。

道の駅さらべつ
 南下するにつれて、穀物畑はだんだんと姿を消し、とうもろこし畑と牧草地になっ
ていく。風も強くなり、向かい風に悩まされるようになる。
 更別村の次、忠類村は幕別町に編入されていた。けれども、忠類駅はきれいに保存
されており、観光地化されていない分、広尾線のすべての駅の中で、もっとも保存状
態がよかった。



忠類駅
 忠類駅跡近くのセイコーマートによって、お茶のペットボトルを買ったついでに、セイコーマートカードを作成する。昨年、セイコーマートについて「北海道にのみ存在する」と書いたが、正確には「北海道・茨城・埼玉」に存在する。(茨城県で見かけたときはとても驚いた) 今後も北海道にはちょくちょく来るだろから、セイコーマートにはお世話になる機会も多いだろうし、ちょっと「北海道人」みたいな気分になれるので、今年はカードを作ろうと思っていた。
 忠類駅跡の少し先には、道の駅「忠類」があった。道の駅はナウマン公園の隅にあるただの「売店」という感じで、忠類ナウマン象記念館や公園、宿泊施設のついた日帰り温泉がメインのようだ。道の駅は「おまけ」なのだ。


道の駅忠類
 次の大きな町は大樹。今までみてきた町に比べてずっと大きい。商店街もあるし「(元)駅前旅館」もある。日本一の清流「歴舟川」(知らなかったが、過去何度か「日本一」になったらしい)を渡ると道の駅「コスモール大樹」だ。ショッピングセンターの隅に併設されており、ここも道の駅は「おまけ」だった。「コスモール」とのことで、なにか宇宙と関係あるのかと思ったら、大樹町は「宇宙のまちづくり」を進めているということであり、全長1kmの滑走路を持つ大樹町多目的航空公園が太平洋岸にある。
 ショッピングセンターのとなりは大樹駅跡。立派な駅舎はそのまま残されており、「北海道衛星株式会社」の事務所になっていた。ホームが残されていたため、保存状態はよい部類に入るだろう。



(大樹駅)
 大樹から広尾まで約25キロ、もう「町」はない。小さな集落がいくつかあるだけだ。セイコーマートなどのコンビニもない。まわりの景色から畑もなくなり牧場一色に変わっていった。このあたりの土地は、農作物には適していないのだろうか。
 西日が強く肌がじりじりしたが、向かい風は弱くなってきた。石坂、豊似、野塚の集落には、公営住宅とか小さな商店があったりして、「かつてここに駅があった」雰囲気が残っていた。大樹町の隣の広尾町は、豊似の集落からとなる。(石坂は大樹町)
 豊似で釧路からの国道336号に合流すると道路わきの看板に「海産物」の文字が目立つようになった。また「シーサイドパーク広尾」の道案内も目にするようになる。牧場及び原野の風景は変わらないが、確実に海が近づいていることを感じる。広尾は海辺の町なのだ。
 そして、いきなり海が眼下に広がった。楽古川の橋上から、広々とした海を眺めた。この先が十勝港で、まもなく広尾市街だ。
 国道に近い広尾駅はバス待合所及び交通記念館として、きれいに残っていた。20年前の1986年の11月、ここから様似行きの国鉄バスに乗ったことを思い出した。記憶どおりの駅舎だった。待合室には、広尾線廃止当時につくられた「さよなら広尾線」のスタンプがすべてそろえられ、自由に押すことができた。ただし、作られて20年も経過しているため、スタンプはすりへり、きれいには押せなかった。


(広尾駅)
 北海道らしい広い駅前通りを進むと、すぐに本日の宿「
ホテルむらかみ
」に到着した。「ホテル」というが、正確には、道路工事関係者がメインの宿である。けれども、安い上に料理がとてもおいしく(夕食のイカ刺は新鮮だったし、朝食は超豪華だった)、またサウナを併設しているためお風呂も大きく、おすすめのお宿である。道路工事がお盆で休工中のためか、宿泊客は私たちと海釣り家族の2組だけで、宿で食事をとったのは私たちだけだった。
 初日にもかかわらず、80キロ近く走ったので、結構体にこたえた。茅沼氏の骨折の関係で、しばらく自転車に乗っておらず、体もなまっていたようだ。

 帯広空港→広尾のルートは、自転車にとってはあまりやさしい道ではなかった。国道には歩道が少なく、また路肩も狭く、しかもでこぼこうねっているのでちょっと怖かった。車もたくさん走っているし、トラックも多い。もう少し路肩が広ければ(せめてもう少し平らだったら)よかったのだけれど。

【広尾線データ】
 帯広-依田-北愛国-愛国-大正-幸福-中札内-更別-上更別-忠類-十勝東和-大樹-石坂-豊似-野塚-新生-広尾(総営業キロ 84.0KM 1987年2月2日廃止)
 広尾線は駅舎等、保存状態がとてもよい路線である。

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